未来と約束なんかできなくて。
   でも、期待することは止められなくて。
   どうしようもなくその場にうずくまっていた。
   きっと、もしかしたら、あんたがこの肩をまた叩いてくれるんではないかって
  思って。
 
 
   「……なんで戻ってきたんでィ。」
   「なんとなく。」
 
 
   曖昧極まりない理由に心が少し楽になっていった。
 
 
 
 
     春待ち
 
 
 
 
   卒業式というのは退屈でいけない。
   特にこの学校のは特別な趣向も無く、校長の長たらしい話の退屈さだけが
  印象に残った。
 
   LHRの後、いつものように屋上に行った俺たちは他愛のない思い出話の後
  別れた。
   というより、近藤さんが志村姉を校庭に見つけ、それを追って土方さんもいな
  くなったのだ。
   俺はというと、なんとなく帰るのもついて行くのもあれだったから、居残りを決
  め込む。
 
   風は強いが寒くはない。
   麗らかな、って言葉が似合う陽射しの明るさに少しうとうとし始めた。
   眠いなら帰って寝たほうが良い。
   周りにはコンクリートとフェンスしか見えないし。
 
 
   でも……
 
 
   なんだろう、後悔みたいな、あんまりよろしくないものがもやもやしてる。
   それが重しになって足が動かないんだ。
   ここにいたって別にそのもやもやが解消されるわけでもない。
 
   まるで、「待ってる」みたいに体が動かないんだ。
 
 
   何を……待つと言うんだろう。
   待つことなんて何も無いのに。
   待ってたって何にもならないのに。
   なんで、俺は……
 
 
   ―――延々とこの繰り返し、か。
 
 
   要は怖いんだ、失うことが。
   自分で壊しに行くことが。
   あの人と、一緒にいれなくなるのが。
   まあ、このまま待ってても一緒にいれなくなるのに変わりはないんだけど。
 
 
 
   土方さんはまだ進学先が決まってない。
   今は国公立大の発表待ちで、滑っても私立大への進学が決まっている。
   どちらに転んでも、地元を離れて一人暮らしになるらしい。
   一方俺は地元の専門に進むことになっている。
   ただの友達、ならばそんなに頻繁には会えなくなるだろう。
   そのうち社会人になって、もっと会えなくなる。
   もっと言えば、忘れられる。
 
 
   忘れ、られる……
 
 
   うん、無理だ。
   少なくともこっちは忘れられない。
   だってあんな、とんでもない人を忘れられるわけがない。
   初めて――――
 
 
   本気で好きになった人だから。
 
 
   異性だってまともに意識したこと無いのに。
   気付いたら手遅れだった。
   あーあ、どうしてくれるんだ。  
 
   責任取れとも言えなくて、失う怖さに苛まれて、ってなんだこれ。
   どんな嫌がらせよりひどいんじゃないか?
   今更仕返しかよ、そんな意識さらさら無いだろうけど。
   てか、俺がこんなんになってるなんてあの人は知る由も無いんだけど。
   学校にいる間にいろいろ嫌がらせしといてよかった。
   あ、その天罰なのか、これって。
   あーあ、
 
 
   「……クソ土方、死ねばいいのに。」
   「誰が死ぬか、バカ。」
 
 
 
   聞こえた声には振り向かない。
   だって期待してたみたいじゃないか。
   期待、してたけど。
 
   足音がどんどん近づいて、最終的に隣に並んだ。
   ……本当に、土方さんだ。
 
 
   「……なんで戻ってきたんでィ。」
   「なんとなく。」
 
 
   なんとなく、で戻ってくるわけないだろ。
   だってさっき「じゃあな」っつったじゃん。
 
 
   「辛気臭ぇ顔でずっと突っ立ってんのがいたから。」
   「……あっそ。」
 
 
   ほら、やっぱあんじゃん、理由。
   予想外な理由だったけど。
   そのせいで、拍動が駆け出すように早くなる。
 
 
   「なんだ、今更学校が恋しくなったか?」
   「まさか。」
 
 
   思いもしないことを聞かれて少々驚いた。
   でも、返事は本音。
   学校自体には何も思うことはない。
   それなりに楽しかったし。
   寝てても早弁しててもほぼ黙認だったし。
 
 
   「土方さんこそ、いいんですかィ?」
   「何が。」
   「べんきょーしなくて。」
 
 
   前期滑ったら後期も受けるんでしょう?と言ったら、今日くらい休ませろって。
 
 
   「そんなんだから前期落ちたんじゃねェんですかィ?」
   「まだ落ちてねェよっ!」
   「散々自信ないって言ってたじゃねェか。」
   「あーもう、お前ちょっと黙れ。」
 
 
 
    いつもと変わらないやり取り。
   その一つ一つでさえ今はうれしくて、何でもっと大切にしてこなかったんだろう
  って思った。
   終わらないで欲しい、と思った。
 
   「そういや、近藤さんは?」
 
   先ほど、土方さんが一緒に出て行った相手は今ここにいない。
   大体読めるけど、一応聞く。
 
   「志村姉追っかけてった。」
   「ふぅん、相変わらず熱心ですねィ。」
   「熱心過ぎんのも問題だな。」
 
   それには同意。
   殴り返された近藤さんを介抱するのは俺たちの役目で、あんまり頻繁だと釘を
  さすこともしばしばあった。
   まったく効果をなさなかったけど。
 
 
 
 
   ふわり、と風が舞って春を告げるような暖かさを肌に感じる。
   それは、春だけでない『何か』も連れて来たみたいで、無意識に口が開いた。
 
   
   「結局、三年間クラス変わりませんでしたねィ。」
   「あの天パのせいだろ。」
 
   思い浮かぶのは白髪天パの担任だ。
   普段は死んだ魚みたいな目をしているのに、いざという時はしっかりキメるあの
  担任。
   個性の強い3Zを3年間面倒見れるのはこの学校であの人くらいだろう。
   それは悪態をつきながらも3Zみんなが分かっていた。
 
 
   「近藤さん丸め込んで俺らまで風紀委員やらせやがって。」
   「俺ァ結構やり甲斐あった気もしますけど。」
   「お前が言うなっ!」
 
   サボりまくってたくせに、と咎める声に説得力なんて無い。
   喫煙してる副委員長に言われたくねェよ。
   そう言ったらうるせぇって、横暴だ。
 
 
 
 
   その後も、思い出話はどんどん出てきて、止まらなかった。
   たぶんだけど、それは帰りたくなかったからだと思う。
   と言うより、離れたくなかったからだと思う。
 
   冷静に自己分析する傍ら、別れの時が近づいていることも忘れてはいなかった。
   陽射しが徐々に西へと傾く。
 
   怖くて、逃げて、何もできないまま終わるなんて。
   もう二度とここには戻ってこれないのに。
   本当にそれでいいのか。
 
   
   ……いいわけ無い。
   そんなの俺らしくない。
   らしさとかそういうの関係ないかもしれないけど、でも納得はできない。
 
   もう、言ってしまおうか。
   どうせこのままじゃ……
 
 
   「総悟?」
   「――へ?」
 
   どうやら考え込んでしまってたらしい。
   呼ばれるまで気が付かなかった。
   何でもないとはぐらかして、現実に戻る。
 
   そこからはお互い言葉が出なくて、微妙な沈黙が時を支配した。
   言ってしまいたい気持ちと言いたくない気持ちが混ざって渦になる。
   出口は見えてるのにあけることができないで、結局は立ち止まったままなんだ。
   結構根性無しだな。
   本当、どうしよう。
 
 
 
   「なぁ、」
   「へぇ。」
 
 
   帰ろうって言われると思った。
   もう、お仕舞いなのか。
   もう、戻ってこれないのか。
   もう……
 
   きゅう、と胸の辺りが詰まったみたいに苦しい。
   次の言葉が聞きたくなくて、耳を塞ぎたかった。
 
 
   だけど、続く言葉は予想と違うものだった。
 
 
   「一回、やってみたかったことがあんだけど。」
   「……はぁ。」
   「ちょっと協力してくんね?」
 
   なんだそれ。
   まぁ、今すぐサヨナラってわけじゃないし、時間稼ぎも兼ねて協力することにした。
 
   「何すればいいんですかィ?」
   「目ェつぶって。」
 
   指示通り瞼を閉じる。
   何するんだろう。
 
 
   次に、土方さんが一歩踏み出すが分かった。
   …近い、んですけど。
   少し収まった鼓動が再び早鐘を鳴らす。
   期待しそうになるのを必死で抑えてじっと待った。
 
 
   口の辺りに、空気の塊みたいなのが掛かる。
   ぎゅ、と目をつぶって構えていた、のに。
 
 
 
   「……何してんでィ。」
   「やっぱやめた。」
 
   むい、と鼻先を押し上げられた。
   土方さんは微笑ってるけど、俺はいろいろ笑えない。
 
 
   期待させるだけさせて、何も無しかよ。
   冗談じゃない。
 
   「じゃ、次俺の番。」
   「あ?」
 
 
   もう知るか。
   どうにでもなれ。
   全部あんたのせいだからな。
   あんたが期待させたのが悪いんだからな。
   心で散々言い訳して、呆けてる土方さんの胸倉を掴んだ。
 
 
 
 
   そのまま引き寄せて、唇を合わせる。
 
 
 
   と言っても、そんなお上品なもんじゃない。
   引く力が強すぎて前歯がぶつかって、仄かに血の味がする。
   見切り発車でやってしまったから、唇くっつけたあとはどうしようとか全然考えてなかった。
   ついでに、あんまし長い間してたら心臓がもたなさそうだったから、さっさと接触を断つ。
 
 
   もうこれ以上は居た堪れない。
   突き飛ばして逃げる気満々で顔を背けようとした。
   だけど、それは叶わず肩を掴まれて顔を覗き込まれる。
 
 
 
   「なんで、お前……」
   「……。」
 
   何も言えなかった。
   言うことなんて全然出てこなくて、逃げたいのに逃げられなくて、どうしようもなく俯くのに顔
  を覗き込まれて、もうどうしろっていうんだ。
 
   長い指が目許をなぞって、初めて泣いてたことに気づく。
   あわてて目を擦ったら、傷つくからやめろって両手首を掴まれた。
   てか、女じゃないんだからそんなの気にしないし。
   そんな、触ったりとか、しないで欲しい。
   自分のしたことは棚に上げることになるけど。
 
 
   「……なぁ。」
   「……。」
 
 
   もう嫌だ、逃げたい。
   目線で責められてるような気がして、苦しくなる。
   なんであんなことしたんだって。
   気持ち悪いって。
   さっきだって、もしかしたら違うことをしようとしてたのかもしれない。
   俺が勝手に勘違いして、勝手に逆上しただけなのかもしれない。
   ……最悪だ。
 
 
   「総悟。」
   「……。」
 
 
   体中が震えて立っているのも難しくなってきた。
   今、手首を握る手が離れたらこの場でへたりこむだろう。
   嫌な感情がどんどん力を吸い取っているようだ。
   どうする……
 
 
   「……泣くな。」
   「っ、泣いて、なんかっ…」
 
   ないって言いたかったのに、息が上手くできなくて言葉にならなかった。
   くそっ、こんなことならさっさと帰ればよかった。
   こんな、こんなっ―――――――
 
 
 
 
 
   「―――――え…」
 
 
 
   一人瞑想し続けたせいでもう一人のことをすっかり忘れていた。
   目の前にいたはずの土方さんが見えない。
   代わりに、右の頬にチクチクした感覚を覚えた。
   同時に、ぎゅっと締め付けられて、やっと我に返る。
 
 
 
   なんで……
 
 
 
   「なんでっ、土方、さんっ」
   「テメェばっかりしんどいって顔してんじゃねェよ。」
 
 
 
   言われてから思い出した。
   そうだ、土方さんはそういう人だ。
   いつだって近藤さんを挟んで隣にいて、近藤さんばっかり気にかけているようで実はこっち
  にまで世話を焼くような、そんな人だ。
   分かってほしいときに分かってもらえなくて、分かんないで欲しいときに限って鋭い。
   迷惑なやつだった。
   今だって、そのまま逃がしてくれればよかったのに。
   おかげで大失態じゃないか。
 
 
   でも、それでも……
 
 
 
 
   この人を放したくないんだ。
 
 
 
 
   「総悟。」
   「…クソ土方っ」
 
   テメェのせいだって、せめてもの仕返しと抱きすくめる腕で応えた。
   あんたがしてくれたみたいに、全部の感情を込めて。
 
 
 
   「お前みたいなやつ、ほっとけるかよ。」
   「俺も、あんたじゃなきゃ……やだ。」
 
 
   少々遠回りな言葉は実に俺ららしくて、やっといっしょに笑うことが出来た。
   2度目の口付けに味はしなかったけど、触れた暖かさは一生忘れないだろう。
 
 
 
 
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 学生が 大 好 き で す (何
 
 基本設定としては、16期EDの真選組3人のカットが
になってます。
 曲入れ替えになったときとっさに思いついた妄想を文
にしてみました。
 最初は漫画にするつもりで何ページかネーム描いた
ですけど、中盤で詰まって放置してました。
 来年あたり漫画にして『薄い本』で売り出そうか検討中。
 
 今年らしい復活文にできてよかったですw
 次は何書こうかなw
 
 
 (10/03/25)
 
 

 

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